あれこれ日記
「メタルダー」とは関係のない雑記です。 あまりまとめるつもりもなく、その時々の書き捨てに近いです。
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手は第2の脳である
 前の図で説明しやすいことを思い出したので、追記します。
知性のありか
 知性って、この赤丸のところに宿るんじゃないかという話です。
 このポイントは、知性が、行動の主体である人間なり生物なりの外側にはみ出しているところです。つまり、外界と個々の生物とがやり取りしているという動的状態それ自体が、知性というものではないかということです。
 例えば、絵を描くとき、デッサンで何本も線を重ねて真っ黒になりつつも、その中からなんとなく欲しい線を見つけ出したり。フィギュアを作るときも、粘土をこねくり回して、ああでもないこうでもないと形を見ながら手を動かすうちに、それなりの形が得られると。
 陶芸とか、無心の境地でろくろを回して、指先と粘土との感覚的な対話を通じて、なんとなく形ができあがるような。
 昔風情の小説家だと、鉛筆で字を書く作業から小説は生まれると、キーボードを叩いては小説は書けなかったり。実際、人間がキーボードとモニターを使うのって、ここ2,30年のことですから、紙に手で書く、そういう身体性を伴った方が人間は思考しやすいみたいですけれど。
 劇で役者同士のやり取りでなにかより良いものが生まれたり、他人との対話でもそうだったり、生物の進化も、個々の生物とそれを取り巻く周囲の動植物との関係から生じるわけだし。
 トライ&エラー型の知性。やっているうちに何かいいものが出来上がる、行動しながら答えを見つけ出すやり方。といった感じ。

 で、またロボットの話。
 そもそもコンピューターって、大砲の弾道計算のために開発されたということですが。たぶん、標的との距離、重力加速度や弾丸を撃ち出す初速度、風速とかのデータをなんらかの方程式に代入して大砲の角度を算出するのだと思うのですが(ここんところいい加減です)、こういう論理的知性の場合、データがきちんとあれば、きちんとした答えを導けますが、データが揃わなければ身動きが取れないし、データがいいかげんだとてんで間違った答えを出す場合もあります。理路整然と間違うってヤツ。
 トライ&エラー型であれば、とりあえず撃ってみて、標的より手前に落ちれば砲の角度を上げてまた撃ってみて、後ろに行きすぎればまたちょい戻ししたりと、試しながらなんとなく正解にたどりつけます。

 ロボットも、工業用ロボットみたいに、整然とした工場で決まった製品を扱うのならば、論理的知性で間に合いますが、自然環境内で働くのならば、トライ&エラー型の知性を獲得しないといけないみたいですね。
 二足歩行ロボットも、初期には、赤ん坊みたいに意識的に考え考えよちよちと重心の静移動しかできませんでしたが、米軍の四脚運搬ロボットのBIGDOGなんか、かなり環境に対して動的な対応ができるようになっているようですね。不整地もなんとかごりごり歩いていきますし、横から蹴られてもなんとか耐えて転ばないし、重力や慣性もうまく活用できるのか馬みたいに跳んだり駆けたりもできるみたいです(youtubeで“bigdog”を検索)。
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