あれこれ日記
「メタルダー」とは関係のない雑記です。 あまりまとめるつもりもなく、その時々の書き捨てに近いです。
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自意識の話です
 現代の脳科学では、脳内のどの神経が電気信号を発すれば体がどう動くかくらいは探り当てられているようです。さすがにまだ、その人が今なにを考えているかとか、どんな夢を観てるかまでは、その脳神経活動の電気的観測から分かるほどではありませんが。
 脳神経が発する電気信号の読み取りのために、以前は直接電極を脳に埋め込んだりしていたようですが、今は、仏様の髪型・螺髪(らほつ)みたいなコイルのいっぱい付いたヘルメットを被って、それで間接的に脳電位を読み取れるようです。
 それで今では、指を動かそうと考えるだけで、ハイテク義手やパワードスーツの指が動くようなシステムができつつあります。

 そして、ここから分かったのは、「指を動かそう」と本人(自意識)が意識する前に、脳神経のその部位が信号を発しているということです。
 また、逆に、ヘルメットのコイルから信号を送って脳のその部位を刺激すると、指も動くし、本人(自意識)も「指を動かそう」という情動を感じてしまうといいます。
 つまり、自意識って2次的なものみたいですね。
 SF小説だと、この理屈は、よく、議会と王に例えられます。議会の決定(脳シナプスの発火)は、直ちに実働部隊に伝えられ行動に移される。その一方で、こういう決定をしたと、王(自意識)にも報告される。王は承認するだけなんだが、王がそういう政策決定をしたということになる。
 すなわち、「気付いた時には、やってしまっていた」というのが当然起こりうることが、科学的に分かりかけてきた、というところでしょうか。


 そして、心理学での無意識と自意識の関係ってこれじゃないのかと思ったりしました。物理的な実体として、無意識とは脳シナプスの発火なんだ。みたいな発見ではないかと。

 例えば、小説を書いてるとします。たいていは、こういうことを書こうと頭を絞りながら、キーを押すなり鉛筆を動かしますよね。思考しながら、それを追って指を動かしてるつもりになってますよね。
 ところが、ある時、アイデアがあふれてきて、何者かにつき動かされるように、神がかり的に書けたりすることもあるじゃないですか。

 これって結局、シナプスの発火の頻度の差じゃないのかなと、この理屈では説明できそうです。
 つまり、発火頻度が少ないと、発火による指の動きと、「こういうことを書きました」という脳神経から「自意識」への報告(ログ)に時間差が小さいので、「自意識」は、自分がこう考えながらこう書いたと“錯覚”できます。
 ところが、次々とシナプス発火が起こって、ズララララとログが流れてくると、「自意識」は
ログを読みきれない。それにもかかわらず指は言葉を紡ぎだしているように見える。神がかって自動筆記しているように「自意識」は感じる。

 そう考えると、殺人犯が「その時、悪魔が俺の体を乗っ取った」と言ったりするのも、単なる言い逃ればかりじゃなくて、「自意識」の実感として、そういうこともあるかもしれません。


 では、行為の主体ではない自意識ってただの幻想かといえば、そうでもないような気はします。
 俗に言う、「思考は現実化する」てヤツです。

 有名なところでは、イチロー選手が小学校の卒業文集に、自分がこれからどういう風にプロ野球選手になってどういう選手になりたいか、けっこう具体的に書いているのが、挙げられます。
 どういう自分になりたいかを、具体的に思い描ければ、そうなれる。無意識へ なりたい自分の具体像を受け渡すと、無意識は、そのような者としてふるまおうとするらしいです。

 肉体的な例でいうと、ゴルフのスィングとか、腕の振りがこう来たときに腰はこのくらい回しておこうとか、自意識がチェックして無意識にできるように落とし込んでいくみたいな。楽器の演奏とか、演奏中に「あ、間違った」と思うのは自意識で、無意識が自動的に正確に働くよう練習を繰り返すわけだし。兵隊の訓練も、役者の演技とかも、そう。
 これなんかと同様に、なりたい自分になるように、自意識から無意識への働きかけはあるようには思います。

 さらにスピリチュアルな話になると、どうも、個人の自意識は、世界という系全体の無意識に働きかけることができるようで、具体的に思い描けば、様々な願望は自然と実現してしまうそうです。『ザ・シークレット』ですが(^_^;


 で、まとめに図を描いてみました。

自意識

 「無意識とは、物理的実体としては脳シナプスの発火を指すものらしい」ということで、ここまで話を進めてきましたが、自意識の実体は不明ですね。ただ、無意識が、外的刺激に自動的に働くプログラムならば、その行為をチェックするプログラムとして、脳の活動のどこかに実体があるような気はします。

 今回の肝は、「自意識が直接行為を行うのではなくて、行為の主体は無意識であって、自意識はそのチェックを行っているにすぎない」でしょうか。行為を行っている無意識的な自分を見ている自分が自意識って感じ?
 例えば、自動車の運転なんか、免許取りたてだと、意識的にいろいろと確認して疲れてしまいますが、慣れてくると、音楽をかけていても無意識になんとなく運転できてしまっている。でも、あまりに自意識のチェックがなさすぎると(ぼんやりしている、音楽・ケータイに意識がいってると)事故るよと。そんな感じ。

 「頭で理解しているが実行できない」というのも、今回の理屈に当てはまりそうです。これは、自意識で理解しているが、無意識への落とし込みができていない、腑に落ちていない、ということなのかも。

 あと、このシステム図って、自律ロボットのシステムにも使えそうだなと思ったり(ただし、SFネタとしてですが。実機のことは分かりません)。
 人間の命令やセンサーの捉えた刺激により自働プログラムが行為を行う。それと同時に、自働プログラムはその行為をチェックプログラムに報告する。チェックプログラムは、超自我(この場合、とりあえず初めは、人間側が決めたロボット三原則みたいなのになると思うけど)と照らし合わせて、その良否を決定する。みたいな。
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テーマ:心、意識、魂、生命、人間の可能性 - ジャンル:心と身体

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